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[C21] 身命を惜しんでもいいと思う・・・

おお~。
不惜身命ですかi-229懐かしいです。
あれは、よくないと私個人は思っています。

池田大作氏の人生が書かれている(と学会員には信じられている)人間革命の本を
女子部当時にはよく「熟読しなさい」と言われました。
あれを読むと、池田氏の行動はまさに「不惜身命」なのです。
そして普段「師匠(池田氏)を守ろう」「師匠ならどうするか考えて行動しよう」
と言われ続ければ、どんなに仕事と会合で忙しくとも、
「こんなの師匠に比べたらまだまだ、もっと頑張らないと」とか思っちゃったり。

でも続きませんよぅv-406
体壊す人、心壊す人、続出しますよぅ。。。v-406

私は体調を崩しましたが、そのおかげで、時間ができて、
自分や学会をきちんと見つめなおすことができて
学会から抜けられたので、学会を教えどおりにまじめにやれば
それを一生続けたら壊れる!と自分で実感できるかもしれません。
(危険な荒療治ですので彼様にはお勧めできないですが。。。)

リオさん、忙しかったんですね~、復活されてなによりです。

>もし、それで体を壊すことになれば、そばにいるものとしては
>本当たまらない、悲しいだけです。
>やっぱり睡眠&休養は大事。
>彼にもわかってもらいたい。
そうですね。私は体を壊して気付いたけど、彼様には心身を壊すことなく、
気付いてもらえたら嬉しいですね。
大事な人が元気で幸せでいてくれることが、一番嬉しいですものね。
  • 2008-04-28
  • 投稿者 : ちぃちぃ
  • URL
  • 編集

[C22]

どうもです、リオさん。こちらではご無沙汰しててすみませんでした。m(__)m
お仕事、お忙しかったんですね……連休は、少しは身体を休められそうですか?

あと、ウチの掲示板やちぃちぃさんのブログで私にもレスを下さって、嬉しかったです。忘れられてなくて、ホッとしました。(笑)

そちらのお返事を置いて、先にこっちにコメントに来ちゃってごめんなさいです。m(__)m

「不惜身命」かぁ……これ、日蓮系の教団ではよく使われるみたいですね。
ちぃちぃさんが書かれてるコメントに、私も同感です。
元々は歴史上で、日蓮さんの教えはホントに酷い迫害を受けてた時があって、中には牢屋に閉じ込められて
舌を切られて、「これで題目は唱えられないだろう」と責められたお坊さんとかもいらしたそうなんですね。

よく室町~戦国あたりを舞台にした時代劇で、刀剣を研いだり目利きをする本阿弥光悦って歴史上の人物が出てきますが、
この本阿弥家は代々熱心な日蓮宗徒として知られています。ですが本『阿弥』という名前からも分かるように、
元々は『阿弥陀如来』を信仰する時宗の家系でした。それが日蓮宗徒になったのは、何代目かの本阿弥さんが
牢屋に入れられたときに、たまたまそこで↑の舌を切り取られて拷問されてるお坊さんに会って、
それでも信仰を棄てないお坊さんの高潔さに打たれて、以降念仏から題目に宗旨替えしたからなんだそうです。

だから元々は「権力で個人の誠実さや良心は押し潰せない」とか「暴力から信仰や言論の自由を守った」という歴史を表す立派な教えの一つでもあるんですが、
残念ながら近代以降は、リオさんがお感じになり、またちぃちぃさんが指摘された通りの困った方向に利用されています。

[C23]

【コメント続き】

> 青年部結成の具体案は、この日のうちにたちまち決まった。その根底にあったのは、
> 法の為には命を捧げる、法の為には死ぬ、ということであった。
> 「不惜身命」を、日蓮はたえず強調したが、この意味は自らの命を法華経に対して捧げるからには、
> その修行は他の邪法の修行と比較すると何百倍も尊いということだった。
> 裏を返せば生命尊重と同義語であり、修行のために無益なことで(引用者注:つまり信仰とあまり関係ない活動などで無理をして)
> 命を失うことは必要でないと戒めたものである。不惜身命は日蓮の重要な教えであったが、
> これを歪曲し組織の底辺に置いたことは青年部の大きな欠陥となる。
「軍国主義下のカルト教団 死なう団事件」保阪正康/角川文庫 より引用

……これは創価学会ではなく、昭和12年に複数の会員が切腹事件を起こして有名になった、日蓮会(通称死なう団)について扱った本からの引用です。
つまるところ、↑でも解説されてますけど「不惜身命」というのは、本当に大切なもののためにこそ身命を惜しまず働く、
だからそのためにも普段はちゃんと身体を大切にして、無意味なことに無駄に命を失っては駄目ですよ、という戒めでもあるんです。

ですから貴乃花も、せっかく頂いた横綱という大役に対して、きちんと稽古をし身体を壊さないように摂生して、
相撲道に命を捧げる=バカなことで身体を壊してせっかくの横綱の名を汚さない、という覚悟を表すために選んだ言葉だったろうと思います。

ちなみに、創価学会では「御書根本」という言葉もよく使われるみたいですが、これも元祖は↑の日蓮会です。
実は、御書根本というような信仰形態には、せいぜい大正時代~昭和初期からの伝統しかありません。
これをこそ、真の日蓮仏法のあり方などと考えるのは明確な誤りで、これは当時の時代背景の中から生まれた信仰の一種です。
創価学会の前身である創価教育学会が誕生するのも、ちょうどこの頃ですからね。

日蓮仏法には、日蓮以来700年の長い伝統があるわけで、むしろその中にこそ、私は今日の私たちも習うべき大切な知恵があると思います。

[C24]

【コメント続き】

「不惜身命」にしたところで、暴力の前にも信仰を棄てなかった高潔な人を讃えつつ、私たち俗人にはむしろ身体を大切にして、
本当に大切な時のために一つしかない命は大事にしなさい、と勧める二面性のある教えです。

ですから「不惜身命」を言うなら、ホントは彼さんは、きちんとリオさんの心配に応えて、自分の体調や身体に配慮しなくちゃダメなんです。
リオさんの彼さんに対する想いこそ、本当の意味で「不惜身命」の精神に近いものだと私は思いますよ。

日蓮さん自身、困った宗教に対して「命を惜しまず戦え」とか「改革しようと頑張れ」と強要はしてません。
普通の人なら、そういう宗教への対策は「お布施をしなければそれで良いんだ」と言っています。
だから、創価学会に対して距離を置いて非活動の道を選ぶのは、正しく日蓮さんの本意に従った行動でもあるんですね。

……それから実は、前の記事の「強いよね」について、ずっと考えてました。

いやリオさんのコメントの

>男性諸君に言いたいですね。
>これは彼女には禁句ですよ~!!!って^^

を読んで、「よし、自分が女性と付き合うときの参考にするぜ!」なんて考えてたとか不純な動機ではなくてですね(汗)、

リオさんが

>今思えば、私には学会が必要ないんだなって、暗に彼が確認をしていたのかなー

と書かれてたことについてです。

ずっと考えていたんですが……私はやっぱりリオさんのお感じになった通りかなと思います。

私がお世話になっている友人のひゃっきまるさんも、学会の信仰に失望を持たれたとき、

http://kiukiu.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_8bb5.html
> それは、「虚無」でした。
>
> 全てが無価値に思えました。それは、この世の価値の根拠となるものが偽りだったからです。
>
> この感覚は今でも残っています。

と仰っていました。◆bfimNvQTb.さんのブログでも、コメント欄に

http://toriaezumitekitayo.blog88.fc2.com/blog-entry-14.html
> 脱会してもしばらく怖くて怖くて(笑)
> なんの信仰も無い人達が、明日の人生をも恐れず生きてるのが不思議で仕方なかったです。

とお気持ちを打ち明けていらっしゃる方がおられます。

[C25]

【コメント続き】

私がまだ2chに書き始めたばかりの頃にも、ずっと学会の信仰に悩んで、日蓮の教えについて突き詰めて突き詰めて考えて……
それである日「創価学会を辞める」と決断されたとき、その感覚を「世界から色が消えた」と表現されていた方がいらっしゃいました。

……ですから彼さんは、少なくともリオさんには宗教が必要ないことと、自分に同じように
宗教が無かったらどうか?といったことを、想像されたことはあるのではないかなと考えます。

もしそうなら活動や会合に向かうのに、リオさんに言い訳めいたことを仰るのも、不惜身命について貴乃花のことを持ち出して理解を求めたのも、
学会とは違うリオさんの視点というのを彼さんが意識されてるからかも知れないと、希望的な観測かも知れませんが考えました。

以前から感じてたことで、先日のちぃちぃさんのブログでのコメントでも思ったことなんですが、
リオさんは人と付き合う上での距離感というかバランス感覚が、普通より優れた方なのだと思います。
普通だったら必要以上に距離を取って相手を追いやったり、逆に近付き過ぎて相手を追い詰めて自分も溺れてしまうところで、
適切に相手も自分自身も保っていられるというか……私はそういう接し方が、一番相手のためにもなると思います。

もし本当に、彼さんが少しずつでも学会以外の視点を意識したりなさっていたなら、それはリオさんのそういう美点がもたらした影響ではないかと感じています。

うーん、あまり役に立つ内容でなくてごめんなさい。長い割にとりとめなくて。(汗)

あ、それと重ねて御礼を。掲示板での書き込み本当にありがとうございました。
あとでちゃんと(惨劇に挑め、の意味も含めて解説も)書きますから、あちらでもぜひぜひ、これからも宜しくお願いしますね。
あれはちゃんとヲタクな元ネタがありまして、元ネタの解説はろいみる先生との約束で私がネコミミを付けて踊りながらやることにうわなにをするやめ(ry

[C26] 何が大事か?

あう・・・、また春田の蛙さんに先を越されてしまった(汗)

えーとですね、まず彼さんが何を原動力に活動をしているのか、というのがポイントではないかと。

2世3世となると、親はもちろん、周囲にも学会員がたくさんいる環境で育ったでしょうから、教義とか信仰心云々というよりも、頑張ってその人たちに認められたいと無意識に思っている人も多いと思うんです。
事実、思い返してみれば私がそうでした。
他人に認められて嬉しいと感じることは不思議でも何でもありませんし、むしろ当然なことでしょう。
それに今は若年層の活動家が不足していますから、彼さんのような人材は物凄く期待を寄せられているはずです。
その期待に応えたいがために、無理をしているんじゃないかな?、と。

なんて、私の希望的推測を書いてみました。

>やっぱり睡眠&休養は大事。
>彼にもわかってもらいたい。

そうですね。
このリオさんの想いが通じてくれると良いですね。
「そんなに無理しなくても幸せならすぐ傍にあるじゃないか!」と彼さんに教えてあげたいとヤキモキするかわうそ1号でありました。
  • 2008-05-02
  • 投稿者 : かわうそ1号
  • URL
  • 編集

[C27] 皆さまお返事遅くてすみませんm(_ _)m

まずはちぃちぃさん。
早速コメント頂いてたのに遅くなってすみませんっっ

意外なことに女子部も『不惜身命』なんですね。
もっと穏やかな四字熟語かと思ってました^^;

>彼様には心身を壊すことなく、
>気付いてもらえたら嬉しいですね。

ちぃちぃさんにこう言ってもらった矢先に彼は風邪気味です。
自分は風邪なんて滅多に引かないってな事を豪語している彼ですが、何かとよく引いてる気がします。
私からすれば、そりゃ抵抗力もなくなるでしょ。。とも言いたくなります。

ちぃちぃさんもお体壊されて大変だったでしょうけど、今『そのおかげで~』と思えるなら何よりです♪


  • 2008-05-07
  • 投稿者 : リオ
  • URL
  • 編集

[C28] 春田の蛙さま

私こそ、ずいぶんご無沙汰してしまってすみません。
GWは久しぶりにのんびりしました。
が、またもや今日から大変です。
職場が変わって、上司も変わって…この上司のおかげでてんてこ舞いなんです。
あぁぁ…愚痴はこの辺で。。。

もちろん忘れてないですよ~
ただ、家でPCに向かう気力が無かったんです。すみません。



>元々は「権力で個人の誠実さや良心は押し潰せない」とか「暴力から信仰や言論の自由を守った」という歴史を表す立派な教えの一つでもある

>「不惜身命」というのは、本当に大切なもののためにこそ身命を惜しまず働く、
だからそのためにも普段はちゃんと身体を大切にして、無意味なことに無駄に命を失っては駄目ですよ、という戒めでもある

>暴力の前にも信仰を棄てなかった高潔な人を讃えつつ、私たち俗人にはむしろ身体を大切にして、 本当に大切な時のために一つしかない命は大事にしなさい、と勧める二面性のある教え


すごく為になりました。
春田の蛙さんに教えて貰わなかったら、私も勘違いしたままでした。
また、彼が『不惜身命』を持ち出すようなことが有ったら(彼自身はここまで出来ていないと自分で思っているみたいですが…)、このお話説いてます(*^▽^)

そして、彼は私に限らず非学会員に理解されるのは難しいと思っているようです。
なので、自分からはあまり話さないし、今でこそ私に話してくれますが、付き合い始めの頃は、学会のことなんて一言も話さず、学会の用事も『ちょっと用事…』と言って出かけてました(笑)
機会があればまた書こうとは思ってますが、以前聞いたときには、彼にとっての学会は無くてはならないもので、切り離せないそうです。
春田の蛙さんのコメント、すごく嬉しかったですが、私がどうとかでは無さそうです(T∇T)

  • 2008-05-08
  • 投稿者 : リオ
  • URL
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[C29] 春田の蛙さま その2

>リオさんは人と付き合う上での距離感というかバランス感覚が、普通より優れた方なのだと思います。

ありがとうございます☆
だけど、全然そんなこと無いですよ、実は。
どちらかと言うとドライ…ではないかと自分では思ってます。
私を良く知る人からは『リオって冷たい…』とたまに言われますから^^;

相手のためを思うと言うよりも自分がどう思うかで動く+去るもの追わず的な方なので、冷たいと取られることが多いかも知れません。
思うことははっきり言わないと気が済まないと言うより、考えるよりも口が先…みたいなタイプです。
これは会社の先輩にお説教されてから、なるべく気をつけるようにはしてるんですけどね。
以前『お前は言いたいことを言って、すっきりするだろうけど、言われたほうは後に残るんだぞっ』と。
これには納得と反省でした。
あっっ!私も思ったからって、何でも言うわけではなく、人が傷つくような事は言ってませんからねー、あくまでも仕事上でのお話です。念のため^^;
仕事以外ではのほほん♪としてますから、ここの皆さんとはきっと大丈夫です。

話は戻って…

>学会とは違うリオさんの視点というのを彼さんが意識されてるからかも知れないと、希望的な観測かも知れませんが考えました。

私も春田の蛙さんが考えてくださった同じ希望を持つときがたまにあります。
前回お付き合いしていた彼女には分かって貰おうと必死で、ひどい事も言った事があるそうです。
私とも付き合っていく中で、そういう時期が来るかも知れないようなことをはっきりとでは有りませんが、そう言うニュアンスで言ってたことが有ったので、私もビビリながらも覚悟してました。(覚悟しながらビビッてた、の方が正しいかも☆)
以前の記事にも書きましたが、彼の言った『(学会に)入らなくてもいいよ』と言う言葉が聞けるなんて思っていなくって。

そういった彼の心境の変化は聞いていないので分からないけど、私が入会しなくても一緒にいたい!と思ってくれたのか、また、今の彼の周りの学会員さん(部長さんも含め)に1世さんが多く、非学会員の彼女や奥様達がいると言うタイミング的なものもあるんだと思います。

>うーん、あまり役に立つ内容でなくてごめんなさい。長い割にとりとめなくて。(汗)

全然そんなこと無いです!!
私を買いかぶり過ぎでは??とも思いますが、今回頂いたコメントは為になりましたし、すごく嬉しいです。
ノロノロ更新&返事な私ですが、よろしくお願いしますm(_ _)m

  • 2008-05-08
  • 投稿者 : リオ
  • URL
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[C30] かわうそ1号さま

>2世3世となると、親はもちろん、周囲にも学会員がたくさんいる環境で育ったでしょうから、教義とか信仰心云々というよりも、頑張ってその人たちに認められたいと無意識に思っている人も多いと思うんです。

原動力。
そんな気がします。

後、彼は『恩がある』って言ってました。
それまでは全然活動をしていなかったようなんですが、その恩が有るから活動を始めて、恩返しをしているそうです。
後は、かわうそ1号さんが仰られてることが強いと思います。
『頼ってもらえてるうちが花だ』じゃ無いけど、そんな感じのことよく言ってますから。。。

頑張ることがあるのは何よりなんですが、自分の体調を考えて貰いたいのと。
信心するのにその活動は必要なの??
て思うことがいっぱいあることに、気づいて貰いたいですね~ホント。。。

ヤキモキさせてしまってゴメンなさい&ありがとうございます♪
  • 2008-05-08
  • 投稿者 : リオ
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[C31] お久し振りです^^

 
 リオさん、お久し振りです、チョココです^^
 
 彼、頑張っちゃってるんですね~…。
 ツッコミどころ満載なのにそっと見守っているリオさんの強さには脱帽です。
 普通なら病みますよ!
 すごいなぁ。

 不惜身命、都合の良い使い方をしているんですね。
 これだと"生かさず殺さず"とか"飴と鞭"とかそういう類にしか聞こえないです。
 学会のために命を惜しまず働けということですよね。
 
>> 先日、体が心配だと言う私に返してきた彼の言葉。
>> 『自分はまだまだな方だよ。もっと頑張っている人もいるんだから』

 彼に日本語が通じてない感じが……すみません^^;
 活動を良いものだと信じて行うことは自由だけど、それって本人の欲求を満たす行為であって、リオさんに我慢させたり心配かけたりする理由にはならないんじゃないかなぁ。
 いつもいつも思うけど、世界平和とか手に届かない目標ばかり掲げる前に、自分の一番大事な人をまず幸せにして欲しいです。
 もっと頑張ってる人=リオさんですよ! とパソコンから身を乗り出したい(笑

 それにしてもなぜ、有名人が言ったからその言葉が良いとか、その考えが良いとか、そういう考えに至るのかな、と私は不思議です。
 日蓮が言ったから、池田氏が言ったから、幹部が言ったから、それは自分にとって良いものであるかどうか、その判断材料の一つにはなるかもしれないけど、決定力は持ち合わせていないと私は思うんです。
 自分が良いと思っているものを勧める時に、○○さんが良いと言っているから、なんて、私はやっぱり言わないですね。
 
 春田の蛙さんの深い知識と鋭い分析、凄いですね、勉強になります。
 不惜身命に関しては特に、私もよく記憶しておこうと思います。
 こういった、知識の深い有識者さまがいてくださることは私達にとって本当に財産ですね。

 お仕事大変みたいですが、ここ数日で随分気温も上がりましたしお体に気をつけて頑張ってくださいね^^
 
  • 2008-05-08
  • 投稿者 : チョココ
  • URL
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[C36] 『学問ははじめて見たつるは、きはめて大事なり』

こちらのコメント欄では、チョココさんからもレス頂いてたんですね……お返事遅くなってすみません。
それとまずは以前のレスの訂正からで、これも申し訳ありません。(汗)

私が先のコメントで例に挙げた本阿弥家の逸話は、六代本光と日親の出会いなのですが、本阿弥家の法華信仰はそれ以前、初代妙本が日静に帰依したときから始まっていました。
ですから、本阿弥家の名前が阿弥陀仏に由来するのは事実でしょうが、この逸話の時点で阿弥陀信仰から法華信仰へ改宗したのではありません。

この点誤りを訂正し、謹んで謝罪致します。m(__)m
さらに詳しくお知りになりたい方は、こちら↓をどうぞです。
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/kyouka/03/03_110.htm

> 春田の蛙さんの深い知識と鋭い分析、凄いですね、勉強になります。

いえいえ、こうして間違って後から訂正することもよくありますから、全然凄くはありません。
無知で無学な人間ですから、分不相応な御言葉は全く汗顔の至りです。(汗)

けれども、チョココさんからコメントを頂いたのは大変嬉しいです。
ご迷惑でなければチョココさんのブログにも、いつかお邪魔させて頂いてよろしいでしょうか?

> それにしてもなぜ、有名人が言ったからその言葉が良いとか、その考えが良いとか、そういう
>考えに至るのかな、と私は不思議です。
> 日蓮が言ったから、池田氏が言ったから、幹部が言ったから、それは自分にとって良いものであるかどうか、その判断材料の一つにはなるかもしれないけど、決定力は持ち合わせていないと私は思うんです。

その通りですね。冒頭紹介した『学問ははじめて見たつるは、きはめて大事なり』とは法然の言葉ですが、これに『師の説を伝習するはやすきなり』と続きます。

これは『既成の教学・概念や仏典の言葉にとらわれず、あるいは師や先達の理解・学説を絶対視することなく、<はじめて見たつる>こと(法然と親鸞/青土社より)』、
つまり『偉い人がこう言ったから正しい』ではなく、リオさんやチョココさんがお感じになったような純粋な疑問こそが、仏教の本当の出発点だといった意味です。

ですからこの意味でも、私の書いたことなどに感心される必要はありません。
  • 2008-05-30
  • 投稿者 : 春田の蛙
  • URL
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[C37] 『学問ははじめて見たつるは、きはめて大事なり』

【続き】

私は単に説明を書いただけであって、本当に必要であり大切なのは、リオさんやチョココさんが自ら持たれた疑問や願いだと強く感じますよ。
それこそがお二人にとっての、<はじめて見たつる>思いだったのではないでしょうか。

ちなみに、法然というと何となく温厚なイメージで語られることが多いですが、今日に伝わる彼の伝記には、
『偉い人がこう言った』と頭ごなしに言われても絶対に納得しない、目上から見れば生意気極まりない法然のお茶目な性格が読み取れます。(笑)

法然の師が、彼のその態度にブチ切れて枕を投げつけたとか、それでも懲りずに、師匠が『自分の師匠もこう言ってたから正しいんだ』と述べたのに対して、
『師匠の師匠って、ずっと昔に生まれたというだけじゃん』と言い返してキレさせた挙げ句、
『ちゃんと勉強してないから、あなたには分からないだけです』と師匠の不勉強を責めて追い討ちをかけたとかの、ハレハレ愉快なエピソードがたくさんありますよ。(笑)

>自宗の学者も他宗の学者も、他の宗旨を学ぶことなしに、自分の宗旨に反することは、すべて誤りと決めつけるのはおかしなことだ。
>それぞれが宗旨を立てているのは、仏教理解が異なるからであり、諸宗の教えが同一であろうはずがない。自宗と他宗の教えが異なることは当然ではないか。

>昔から「後学畏るべし」と言って、学者は先達だから優れているとは限らない。釈迦の没後、五百年後に五百人の阿羅漢が集まって『大毘婆沙論』を作ったが、
>九百年後に世親(天親)が『倶舎論』を著して、先の教えを論破したことがある。教義の是非を論じるときは、昔の説だといっておそれる必要はない。

法然の伝記には、こうした人を食った彼の発言↑が色々あります(上記現代訳は「法然と親鸞」佐々木正 著(青土社)に拠る)。
ちなみに法然は彼自身の師匠について、「長年あらゆる面でお世話になり、全ての衣食住を面倒看てもらって
感謝してもしきれない。が、仏教や信仰については一切習った覚えはない」とも言い切っています。
ある意味酷い言い草ですが(苦笑)、こうした考え方もあるのだという意味では気持ちが楽になりませんか。

つまるところ、どれほど偉い人であれまた恩義のある相手であれ、それとは別に「自分自身の心」は自由ということですね。
私は、そうした自由こそ、本当の『信仰の自由』、『思想信条の自由』なんじゃないかなぁとと思います。
  • 2008-05-30
  • 投稿者 : 春田の蛙
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不惜身命

不惜身命(ふしゃくしんみょう)

意 味: 仏の教えを修めるためには自分の身も命もささげて惜しまないこと。転じて、国や主君などのために、体や命を惜しまないで尽くすこと。



毎日毎日、朝早くから夜遅くまで仕事に追われ忙しい上に、何かと学会の行事に参加する彼。
会う時間が全然無く、かなり不服な私です。
先日、体が心配だと言う私に返してきた彼の言葉。
『自分はまだまだな方だよ。もっと頑張っている人もいるんだから』
男子部のモットー?スローガン??だったか忘れちゃったけどが、『不惜身命なんだよ。』て。
ビックリしました。
『ふしゃくしんみょう???』って、私は言いながら心の中で漢字に置き換えました。
『ふ=不、しゃく=惜、しん=身、みょう=命…えぇぇ~~??!』←こんな感じに。

そこまでする意味があるの??
こんなこと学会員の人たちに言ったら怒られそうだけど、本当にそう思いました。
身体投げ打ってまでするべきことなの?何のために??
体壊しちゃったら元も子も無いじゃない。
もし、それで体を壊すことになれば、そばにいるものとしては本当たまらない、悲しいだけです。

納得のいかない私に彼は『あの貴乃花も横綱になる時に言った言葉なんだよ。』

・・・

『ふ~ん…』としか言えませんでした。
この『貴乃花~』とか言うのも学会で教えられたのかなぁ?何て思いながら。。。
学会用語ではなく、一般的にも使われてる言葉だと伝えたかったのかな?今思えば。

ちなみに女子部は忘れちゃったけど、幸せだったか平和だったかそんなのらしいです。

そんな彼の最近は学会の行事に参加するべく、その日に早く帰れるように日々残業を頑張ってます。
以前は仕事第一って言ってたはずなのに…
なんだかなぁ。。。

ここ数ヶ月の私も『不惜身命』じゃ無いかと思うほど(おおげさ?(^^ゞ)、職場環境が変わったのと家のことで、ずっと忙しく寝不足続きで体もダルダルだったのですが、今日久しぶりにお昼前まで寝てました。
おかげで復活☆です。

やっぱり睡眠&休養は大事。
彼にもわかってもらいたい。
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13件のコメント

[C21] 身命を惜しんでもいいと思う・・・

おお~。
不惜身命ですかi-229懐かしいです。
あれは、よくないと私個人は思っています。

池田大作氏の人生が書かれている(と学会員には信じられている)人間革命の本を
女子部当時にはよく「熟読しなさい」と言われました。
あれを読むと、池田氏の行動はまさに「不惜身命」なのです。
そして普段「師匠(池田氏)を守ろう」「師匠ならどうするか考えて行動しよう」
と言われ続ければ、どんなに仕事と会合で忙しくとも、
「こんなの師匠に比べたらまだまだ、もっと頑張らないと」とか思っちゃったり。

でも続きませんよぅv-406
体壊す人、心壊す人、続出しますよぅ。。。v-406

私は体調を崩しましたが、そのおかげで、時間ができて、
自分や学会をきちんと見つめなおすことができて
学会から抜けられたので、学会を教えどおりにまじめにやれば
それを一生続けたら壊れる!と自分で実感できるかもしれません。
(危険な荒療治ですので彼様にはお勧めできないですが。。。)

リオさん、忙しかったんですね~、復活されてなによりです。

>もし、それで体を壊すことになれば、そばにいるものとしては
>本当たまらない、悲しいだけです。
>やっぱり睡眠&休養は大事。
>彼にもわかってもらいたい。
そうですね。私は体を壊して気付いたけど、彼様には心身を壊すことなく、
気付いてもらえたら嬉しいですね。
大事な人が元気で幸せでいてくれることが、一番嬉しいですものね。
  • 2008-04-28
  • 投稿者 : ちぃちぃ
  • URL
  • 編集

[C22]

どうもです、リオさん。こちらではご無沙汰しててすみませんでした。m(__)m
お仕事、お忙しかったんですね……連休は、少しは身体を休められそうですか?

あと、ウチの掲示板やちぃちぃさんのブログで私にもレスを下さって、嬉しかったです。忘れられてなくて、ホッとしました。(笑)

そちらのお返事を置いて、先にこっちにコメントに来ちゃってごめんなさいです。m(__)m

「不惜身命」かぁ……これ、日蓮系の教団ではよく使われるみたいですね。
ちぃちぃさんが書かれてるコメントに、私も同感です。
元々は歴史上で、日蓮さんの教えはホントに酷い迫害を受けてた時があって、中には牢屋に閉じ込められて
舌を切られて、「これで題目は唱えられないだろう」と責められたお坊さんとかもいらしたそうなんですね。

よく室町~戦国あたりを舞台にした時代劇で、刀剣を研いだり目利きをする本阿弥光悦って歴史上の人物が出てきますが、
この本阿弥家は代々熱心な日蓮宗徒として知られています。ですが本『阿弥』という名前からも分かるように、
元々は『阿弥陀如来』を信仰する時宗の家系でした。それが日蓮宗徒になったのは、何代目かの本阿弥さんが
牢屋に入れられたときに、たまたまそこで↑の舌を切り取られて拷問されてるお坊さんに会って、
それでも信仰を棄てないお坊さんの高潔さに打たれて、以降念仏から題目に宗旨替えしたからなんだそうです。

だから元々は「権力で個人の誠実さや良心は押し潰せない」とか「暴力から信仰や言論の自由を守った」という歴史を表す立派な教えの一つでもあるんですが、
残念ながら近代以降は、リオさんがお感じになり、またちぃちぃさんが指摘された通りの困った方向に利用されています。

[C23]

【コメント続き】

> 青年部結成の具体案は、この日のうちにたちまち決まった。その根底にあったのは、
> 法の為には命を捧げる、法の為には死ぬ、ということであった。
> 「不惜身命」を、日蓮はたえず強調したが、この意味は自らの命を法華経に対して捧げるからには、
> その修行は他の邪法の修行と比較すると何百倍も尊いということだった。
> 裏を返せば生命尊重と同義語であり、修行のために無益なことで(引用者注:つまり信仰とあまり関係ない活動などで無理をして)
> 命を失うことは必要でないと戒めたものである。不惜身命は日蓮の重要な教えであったが、
> これを歪曲し組織の底辺に置いたことは青年部の大きな欠陥となる。
「軍国主義下のカルト教団 死なう団事件」保阪正康/角川文庫 より引用

……これは創価学会ではなく、昭和12年に複数の会員が切腹事件を起こして有名になった、日蓮会(通称死なう団)について扱った本からの引用です。
つまるところ、↑でも解説されてますけど「不惜身命」というのは、本当に大切なもののためにこそ身命を惜しまず働く、
だからそのためにも普段はちゃんと身体を大切にして、無意味なことに無駄に命を失っては駄目ですよ、という戒めでもあるんです。

ですから貴乃花も、せっかく頂いた横綱という大役に対して、きちんと稽古をし身体を壊さないように摂生して、
相撲道に命を捧げる=バカなことで身体を壊してせっかくの横綱の名を汚さない、という覚悟を表すために選んだ言葉だったろうと思います。

ちなみに、創価学会では「御書根本」という言葉もよく使われるみたいですが、これも元祖は↑の日蓮会です。
実は、御書根本というような信仰形態には、せいぜい大正時代~昭和初期からの伝統しかありません。
これをこそ、真の日蓮仏法のあり方などと考えるのは明確な誤りで、これは当時の時代背景の中から生まれた信仰の一種です。
創価学会の前身である創価教育学会が誕生するのも、ちょうどこの頃ですからね。

日蓮仏法には、日蓮以来700年の長い伝統があるわけで、むしろその中にこそ、私は今日の私たちも習うべき大切な知恵があると思います。

[C24]

【コメント続き】

「不惜身命」にしたところで、暴力の前にも信仰を棄てなかった高潔な人を讃えつつ、私たち俗人にはむしろ身体を大切にして、
本当に大切な時のために一つしかない命は大事にしなさい、と勧める二面性のある教えです。

ですから「不惜身命」を言うなら、ホントは彼さんは、きちんとリオさんの心配に応えて、自分の体調や身体に配慮しなくちゃダメなんです。
リオさんの彼さんに対する想いこそ、本当の意味で「不惜身命」の精神に近いものだと私は思いますよ。

日蓮さん自身、困った宗教に対して「命を惜しまず戦え」とか「改革しようと頑張れ」と強要はしてません。
普通の人なら、そういう宗教への対策は「お布施をしなければそれで良いんだ」と言っています。
だから、創価学会に対して距離を置いて非活動の道を選ぶのは、正しく日蓮さんの本意に従った行動でもあるんですね。

……それから実は、前の記事の「強いよね」について、ずっと考えてました。

いやリオさんのコメントの

>男性諸君に言いたいですね。
>これは彼女には禁句ですよ~!!!って^^

を読んで、「よし、自分が女性と付き合うときの参考にするぜ!」なんて考えてたとか不純な動機ではなくてですね(汗)、

リオさんが

>今思えば、私には学会が必要ないんだなって、暗に彼が確認をしていたのかなー

と書かれてたことについてです。

ずっと考えていたんですが……私はやっぱりリオさんのお感じになった通りかなと思います。

私がお世話になっている友人のひゃっきまるさんも、学会の信仰に失望を持たれたとき、

http://kiukiu.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_8bb5.html
> それは、「虚無」でした。
>
> 全てが無価値に思えました。それは、この世の価値の根拠となるものが偽りだったからです。
>
> この感覚は今でも残っています。

と仰っていました。◆bfimNvQTb.さんのブログでも、コメント欄に

http://toriaezumitekitayo.blog88.fc2.com/blog-entry-14.html
> 脱会してもしばらく怖くて怖くて(笑)
> なんの信仰も無い人達が、明日の人生をも恐れず生きてるのが不思議で仕方なかったです。

とお気持ちを打ち明けていらっしゃる方がおられます。

[C25]

【コメント続き】

私がまだ2chに書き始めたばかりの頃にも、ずっと学会の信仰に悩んで、日蓮の教えについて突き詰めて突き詰めて考えて……
それである日「創価学会を辞める」と決断されたとき、その感覚を「世界から色が消えた」と表現されていた方がいらっしゃいました。

……ですから彼さんは、少なくともリオさんには宗教が必要ないことと、自分に同じように
宗教が無かったらどうか?といったことを、想像されたことはあるのではないかなと考えます。

もしそうなら活動や会合に向かうのに、リオさんに言い訳めいたことを仰るのも、不惜身命について貴乃花のことを持ち出して理解を求めたのも、
学会とは違うリオさんの視点というのを彼さんが意識されてるからかも知れないと、希望的な観測かも知れませんが考えました。

以前から感じてたことで、先日のちぃちぃさんのブログでのコメントでも思ったことなんですが、
リオさんは人と付き合う上での距離感というかバランス感覚が、普通より優れた方なのだと思います。
普通だったら必要以上に距離を取って相手を追いやったり、逆に近付き過ぎて相手を追い詰めて自分も溺れてしまうところで、
適切に相手も自分自身も保っていられるというか……私はそういう接し方が、一番相手のためにもなると思います。

もし本当に、彼さんが少しずつでも学会以外の視点を意識したりなさっていたなら、それはリオさんのそういう美点がもたらした影響ではないかと感じています。

うーん、あまり役に立つ内容でなくてごめんなさい。長い割にとりとめなくて。(汗)

あ、それと重ねて御礼を。掲示板での書き込み本当にありがとうございました。
あとでちゃんと(惨劇に挑め、の意味も含めて解説も)書きますから、あちらでもぜひぜひ、これからも宜しくお願いしますね。
あれはちゃんとヲタクな元ネタがありまして、元ネタの解説はろいみる先生との約束で私がネコミミを付けて踊りながらやることにうわなにをするやめ(ry

[C26] 何が大事か?

あう・・・、また春田の蛙さんに先を越されてしまった(汗)

えーとですね、まず彼さんが何を原動力に活動をしているのか、というのがポイントではないかと。

2世3世となると、親はもちろん、周囲にも学会員がたくさんいる環境で育ったでしょうから、教義とか信仰心云々というよりも、頑張ってその人たちに認められたいと無意識に思っている人も多いと思うんです。
事実、思い返してみれば私がそうでした。
他人に認められて嬉しいと感じることは不思議でも何でもありませんし、むしろ当然なことでしょう。
それに今は若年層の活動家が不足していますから、彼さんのような人材は物凄く期待を寄せられているはずです。
その期待に応えたいがために、無理をしているんじゃないかな?、と。

なんて、私の希望的推測を書いてみました。

>やっぱり睡眠&休養は大事。
>彼にもわかってもらいたい。

そうですね。
このリオさんの想いが通じてくれると良いですね。
「そんなに無理しなくても幸せならすぐ傍にあるじゃないか!」と彼さんに教えてあげたいとヤキモキするかわうそ1号でありました。
  • 2008-05-02
  • 投稿者 : かわうそ1号
  • URL
  • 編集

[C27] 皆さまお返事遅くてすみませんm(_ _)m

まずはちぃちぃさん。
早速コメント頂いてたのに遅くなってすみませんっっ

意外なことに女子部も『不惜身命』なんですね。
もっと穏やかな四字熟語かと思ってました^^;

>彼様には心身を壊すことなく、
>気付いてもらえたら嬉しいですね。

ちぃちぃさんにこう言ってもらった矢先に彼は風邪気味です。
自分は風邪なんて滅多に引かないってな事を豪語している彼ですが、何かとよく引いてる気がします。
私からすれば、そりゃ抵抗力もなくなるでしょ。。とも言いたくなります。

ちぃちぃさんもお体壊されて大変だったでしょうけど、今『そのおかげで~』と思えるなら何よりです♪


  • 2008-05-07
  • 投稿者 : リオ
  • URL
  • 編集

[C28] 春田の蛙さま

私こそ、ずいぶんご無沙汰してしまってすみません。
GWは久しぶりにのんびりしました。
が、またもや今日から大変です。
職場が変わって、上司も変わって…この上司のおかげでてんてこ舞いなんです。
あぁぁ…愚痴はこの辺で。。。

もちろん忘れてないですよ~
ただ、家でPCに向かう気力が無かったんです。すみません。



>元々は「権力で個人の誠実さや良心は押し潰せない」とか「暴力から信仰や言論の自由を守った」という歴史を表す立派な教えの一つでもある

>「不惜身命」というのは、本当に大切なもののためにこそ身命を惜しまず働く、
だからそのためにも普段はちゃんと身体を大切にして、無意味なことに無駄に命を失っては駄目ですよ、という戒めでもある

>暴力の前にも信仰を棄てなかった高潔な人を讃えつつ、私たち俗人にはむしろ身体を大切にして、 本当に大切な時のために一つしかない命は大事にしなさい、と勧める二面性のある教え


すごく為になりました。
春田の蛙さんに教えて貰わなかったら、私も勘違いしたままでした。
また、彼が『不惜身命』を持ち出すようなことが有ったら(彼自身はここまで出来ていないと自分で思っているみたいですが…)、このお話説いてます(*^▽^)

そして、彼は私に限らず非学会員に理解されるのは難しいと思っているようです。
なので、自分からはあまり話さないし、今でこそ私に話してくれますが、付き合い始めの頃は、学会のことなんて一言も話さず、学会の用事も『ちょっと用事…』と言って出かけてました(笑)
機会があればまた書こうとは思ってますが、以前聞いたときには、彼にとっての学会は無くてはならないもので、切り離せないそうです。
春田の蛙さんのコメント、すごく嬉しかったですが、私がどうとかでは無さそうです(T∇T)

  • 2008-05-08
  • 投稿者 : リオ
  • URL
  • 編集

[C29] 春田の蛙さま その2

>リオさんは人と付き合う上での距離感というかバランス感覚が、普通より優れた方なのだと思います。

ありがとうございます☆
だけど、全然そんなこと無いですよ、実は。
どちらかと言うとドライ…ではないかと自分では思ってます。
私を良く知る人からは『リオって冷たい…』とたまに言われますから^^;

相手のためを思うと言うよりも自分がどう思うかで動く+去るもの追わず的な方なので、冷たいと取られることが多いかも知れません。
思うことははっきり言わないと気が済まないと言うより、考えるよりも口が先…みたいなタイプです。
これは会社の先輩にお説教されてから、なるべく気をつけるようにはしてるんですけどね。
以前『お前は言いたいことを言って、すっきりするだろうけど、言われたほうは後に残るんだぞっ』と。
これには納得と反省でした。
あっっ!私も思ったからって、何でも言うわけではなく、人が傷つくような事は言ってませんからねー、あくまでも仕事上でのお話です。念のため^^;
仕事以外ではのほほん♪としてますから、ここの皆さんとはきっと大丈夫です。

話は戻って…

>学会とは違うリオさんの視点というのを彼さんが意識されてるからかも知れないと、希望的な観測かも知れませんが考えました。

私も春田の蛙さんが考えてくださった同じ希望を持つときがたまにあります。
前回お付き合いしていた彼女には分かって貰おうと必死で、ひどい事も言った事があるそうです。
私とも付き合っていく中で、そういう時期が来るかも知れないようなことをはっきりとでは有りませんが、そう言うニュアンスで言ってたことが有ったので、私もビビリながらも覚悟してました。(覚悟しながらビビッてた、の方が正しいかも☆)
以前の記事にも書きましたが、彼の言った『(学会に)入らなくてもいいよ』と言う言葉が聞けるなんて思っていなくって。

そういった彼の心境の変化は聞いていないので分からないけど、私が入会しなくても一緒にいたい!と思ってくれたのか、また、今の彼の周りの学会員さん(部長さんも含め)に1世さんが多く、非学会員の彼女や奥様達がいると言うタイミング的なものもあるんだと思います。

>うーん、あまり役に立つ内容でなくてごめんなさい。長い割にとりとめなくて。(汗)

全然そんなこと無いです!!
私を買いかぶり過ぎでは??とも思いますが、今回頂いたコメントは為になりましたし、すごく嬉しいです。
ノロノロ更新&返事な私ですが、よろしくお願いしますm(_ _)m

  • 2008-05-08
  • 投稿者 : リオ
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[C30] かわうそ1号さま

>2世3世となると、親はもちろん、周囲にも学会員がたくさんいる環境で育ったでしょうから、教義とか信仰心云々というよりも、頑張ってその人たちに認められたいと無意識に思っている人も多いと思うんです。

原動力。
そんな気がします。

後、彼は『恩がある』って言ってました。
それまでは全然活動をしていなかったようなんですが、その恩が有るから活動を始めて、恩返しをしているそうです。
後は、かわうそ1号さんが仰られてることが強いと思います。
『頼ってもらえてるうちが花だ』じゃ無いけど、そんな感じのことよく言ってますから。。。

頑張ることがあるのは何よりなんですが、自分の体調を考えて貰いたいのと。
信心するのにその活動は必要なの??
て思うことがいっぱいあることに、気づいて貰いたいですね~ホント。。。

ヤキモキさせてしまってゴメンなさい&ありがとうございます♪
  • 2008-05-08
  • 投稿者 : リオ
  • URL
  • 編集

[C31] お久し振りです^^

 
 リオさん、お久し振りです、チョココです^^
 
 彼、頑張っちゃってるんですね~…。
 ツッコミどころ満載なのにそっと見守っているリオさんの強さには脱帽です。
 普通なら病みますよ!
 すごいなぁ。

 不惜身命、都合の良い使い方をしているんですね。
 これだと"生かさず殺さず"とか"飴と鞭"とかそういう類にしか聞こえないです。
 学会のために命を惜しまず働けということですよね。
 
>> 先日、体が心配だと言う私に返してきた彼の言葉。
>> 『自分はまだまだな方だよ。もっと頑張っている人もいるんだから』

 彼に日本語が通じてない感じが……すみません^^;
 活動を良いものだと信じて行うことは自由だけど、それって本人の欲求を満たす行為であって、リオさんに我慢させたり心配かけたりする理由にはならないんじゃないかなぁ。
 いつもいつも思うけど、世界平和とか手に届かない目標ばかり掲げる前に、自分の一番大事な人をまず幸せにして欲しいです。
 もっと頑張ってる人=リオさんですよ! とパソコンから身を乗り出したい(笑

 それにしてもなぜ、有名人が言ったからその言葉が良いとか、その考えが良いとか、そういう考えに至るのかな、と私は不思議です。
 日蓮が言ったから、池田氏が言ったから、幹部が言ったから、それは自分にとって良いものであるかどうか、その判断材料の一つにはなるかもしれないけど、決定力は持ち合わせていないと私は思うんです。
 自分が良いと思っているものを勧める時に、○○さんが良いと言っているから、なんて、私はやっぱり言わないですね。
 
 春田の蛙さんの深い知識と鋭い分析、凄いですね、勉強になります。
 不惜身命に関しては特に、私もよく記憶しておこうと思います。
 こういった、知識の深い有識者さまがいてくださることは私達にとって本当に財産ですね。

 お仕事大変みたいですが、ここ数日で随分気温も上がりましたしお体に気をつけて頑張ってくださいね^^
 
  • 2008-05-08
  • 投稿者 : チョココ
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  • 編集

[C36] 『学問ははじめて見たつるは、きはめて大事なり』

こちらのコメント欄では、チョココさんからもレス頂いてたんですね……お返事遅くなってすみません。
それとまずは以前のレスの訂正からで、これも申し訳ありません。(汗)

私が先のコメントで例に挙げた本阿弥家の逸話は、六代本光と日親の出会いなのですが、本阿弥家の法華信仰はそれ以前、初代妙本が日静に帰依したときから始まっていました。
ですから、本阿弥家の名前が阿弥陀仏に由来するのは事実でしょうが、この逸話の時点で阿弥陀信仰から法華信仰へ改宗したのではありません。

この点誤りを訂正し、謹んで謝罪致します。m(__)m
さらに詳しくお知りになりたい方は、こちら↓をどうぞです。
http://www.genshu.gr.jp/DPJ/kyouka/03/03_110.htm

> 春田の蛙さんの深い知識と鋭い分析、凄いですね、勉強になります。

いえいえ、こうして間違って後から訂正することもよくありますから、全然凄くはありません。
無知で無学な人間ですから、分不相応な御言葉は全く汗顔の至りです。(汗)

けれども、チョココさんからコメントを頂いたのは大変嬉しいです。
ご迷惑でなければチョココさんのブログにも、いつかお邪魔させて頂いてよろしいでしょうか?

> それにしてもなぜ、有名人が言ったからその言葉が良いとか、その考えが良いとか、そういう
>考えに至るのかな、と私は不思議です。
> 日蓮が言ったから、池田氏が言ったから、幹部が言ったから、それは自分にとって良いものであるかどうか、その判断材料の一つにはなるかもしれないけど、決定力は持ち合わせていないと私は思うんです。

その通りですね。冒頭紹介した『学問ははじめて見たつるは、きはめて大事なり』とは法然の言葉ですが、これに『師の説を伝習するはやすきなり』と続きます。

これは『既成の教学・概念や仏典の言葉にとらわれず、あるいは師や先達の理解・学説を絶対視することなく、<はじめて見たつる>こと(法然と親鸞/青土社より)』、
つまり『偉い人がこう言ったから正しい』ではなく、リオさんやチョココさんがお感じになったような純粋な疑問こそが、仏教の本当の出発点だといった意味です。

ですからこの意味でも、私の書いたことなどに感心される必要はありません。
  • 2008-05-30
  • 投稿者 : 春田の蛙
  • URL
  • 編集

[C37] 『学問ははじめて見たつるは、きはめて大事なり』

【続き】

私は単に説明を書いただけであって、本当に必要であり大切なのは、リオさんやチョココさんが自ら持たれた疑問や願いだと強く感じますよ。
それこそがお二人にとっての、<はじめて見たつる>思いだったのではないでしょうか。

ちなみに、法然というと何となく温厚なイメージで語られることが多いですが、今日に伝わる彼の伝記には、
『偉い人がこう言った』と頭ごなしに言われても絶対に納得しない、目上から見れば生意気極まりない法然のお茶目な性格が読み取れます。(笑)

法然の師が、彼のその態度にブチ切れて枕を投げつけたとか、それでも懲りずに、師匠が『自分の師匠もこう言ってたから正しいんだ』と述べたのに対して、
『師匠の師匠って、ずっと昔に生まれたというだけじゃん』と言い返してキレさせた挙げ句、
『ちゃんと勉強してないから、あなたには分からないだけです』と師匠の不勉強を責めて追い討ちをかけたとかの、ハレハレ愉快なエピソードがたくさんありますよ。(笑)

>自宗の学者も他宗の学者も、他の宗旨を学ぶことなしに、自分の宗旨に反することは、すべて誤りと決めつけるのはおかしなことだ。
>それぞれが宗旨を立てているのは、仏教理解が異なるからであり、諸宗の教えが同一であろうはずがない。自宗と他宗の教えが異なることは当然ではないか。

>昔から「後学畏るべし」と言って、学者は先達だから優れているとは限らない。釈迦の没後、五百年後に五百人の阿羅漢が集まって『大毘婆沙論』を作ったが、
>九百年後に世親(天親)が『倶舎論』を著して、先の教えを論破したことがある。教義の是非を論じるときは、昔の説だといっておそれる必要はない。

法然の伝記には、こうした人を食った彼の発言↑が色々あります(上記現代訳は「法然と親鸞」佐々木正 著(青土社)に拠る)。
ちなみに法然は彼自身の師匠について、「長年あらゆる面でお世話になり、全ての衣食住を面倒看てもらって
感謝してもしきれない。が、仏教や信仰については一切習った覚えはない」とも言い切っています。
ある意味酷い言い草ですが(苦笑)、こうした考え方もあるのだという意味では気持ちが楽になりませんか。

つまるところ、どれほど偉い人であれまた恩義のある相手であれ、それとは別に「自分自身の心」は自由ということですね。
私は、そうした自由こそ、本当の『信仰の自由』、『思想信条の自由』なんじゃないかなぁとと思います。
  • 2008-05-30
  • 投稿者 : 春田の蛙
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  • 編集

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プロフィール

リオ

Author:リオ
このブログの管理人、リオ(非学会員・無宗教)と学会3世の彼とのこれからを、過去のことも少し交えながら。。。
私自身が忘れないためのメモ代わりだったり、思うことを冷静に判断するために書き出してみたり、それによって、また皆さんのご意見を頂けたり、交換できたら、いいな。
と思っています。
 
 

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